index

2000年 8月
▽ 月 火 水 木 金 土 日
▷   1 2 3 4 5 6
▷ 7 8 9 10 11 12 13
▷ 14 15 16 17 18 19 20
▷ 21 22 23 24 25 26 27
▷ 28 29 30 31      
2000年 9月
▽ 月 火 水 木 金 土 日
▷         1 2 3
▷ 4 5 6 7 8 9 10
▷ 11 12 13 14 15 16 17
▷ 18 19 20 21 22 23 24
▷ 25 26 27 28 29 30  
2000年 10月
▽ 月 火 水 木 金 土 日
▷             1
▷ 2 3 4 5 6 7 8
▷ 9 10 11 12 13 14 15
▷ 16 17 18 19 20 21 22
▷ 23 24 25 26 27 28 29
▷ 30 31          

アレ

  ▽20000911d #日記

 以下,便所の落書的一方的主観的意見的.

 「私はそんな事は書いてません」といいつつ, 別のサイトには「こう書いてあった」という引用がまるまる残ってる状態. どっちが信用できるか,って,これ難しいんだよねぇ. 南京大虐殺の例もあれば,最高裁で痴漢の無罪を勝ち取った人もいるし, 必ずしも「被害者が正義」ってわけじゃない...

 主観的にどっちが「もっともらしい」かといえば, そらー「書いてあった」って言ってる方なんだよねぇ. 主観的,なんて判定基準ではどうにもならないんだけど...

 反対意見をどちらかの意見に調整するには, より「もっともらしくない」方が証明の義務を負うべき, とあたしは思うので (例えば「1+1 は 2だ」って意見と「1+1 は 0だ」って意見なら, 後者の方がそれを証明すべき...うーん,例が極端すぎるか (^-^;), この場合は「そこにはそれが書かれていなかった」という証明が成されるべき.

 よって,この場合,「それは書かれていた」の方が信じやすい,と. しかし「もっともらしい」って何だ? (^-^;  どっちが「ありそう」かなんて,Web 上では全く判別できない?  統計的には...「あった」って人はいっぱいいるけど, 「なかった」って人は一人だけ. これで決めちゃうのって,悪い多数決の使い方かなぁ?

index